次男 2018.03.04-03.10

僕は二人兄弟の次男坊として生まれた。長男と次男に違いがあるのか。ステレオタイプ的に決めつけるのは危険だけれども、性格も含めてどこか違うような気がする。何が違うのだろうか。選べないけれども、もし選べるとしたら、どちらが得なのだろうか。

次男の素晴らしいことは、すぐ上に長男である兄がいることだ。何事も長男を手本にして、することを真似していればよい。僕も小さいときは、金魚の糞のように、いつもついて回った記憶がある。兄から見れば足手まといだったかもしれないけれど、僕にとってはすべてが学びだった。

長男は両親の期待の星だから、文字通り手取り足取り育てられる。長男は、その親の期待が重荷になる。それに対して次男は、どちらかというと放っておかれる。大切にされていない気がする。弟が兄を羨ましく思っているときは、兄は弟を羨ましく思っているのだ。それに気づいたのは成人してからだった。

これは一般論だけれども、長男は気が優しい気がする。よく気がつく。次男である弟の面倒をよく見る。これに対して、次男は自由気ままで、わがままだ。責任感もあまりない。僕はその典型だったかも知れない。三つ子の魂百まで。いまもそうだと言われたら、返す言葉がない。

統計をとったことはないけれども、長男と次男は、頭の形が違うような気がする。長男はいつも構って貰えて、色々な向きに寝かしつけられるから、頭の形がいい。一方の次男は、いつも同じ向きでいるから、後頭部が絶壁だ。僕がそうだから、きっとそうなのだ。

長男と次男ではっきり差があるのは、両親が撮った写真の量だ。長男には素晴らしいアルバムがあるのに対して、次男はいいかげんだ。着る服もお下がりが多い、クリスマスなどでのプレゼントも、単に年齢が違うという理由で差をつけられる。それは次男の宿命なのかもしれない。

長男と次男、戦前は差別があった。いまはほとんどない。問題は少子化で次男の絶対数が減っていることだ。いろいろな性格の子があっていいのに、みな長男(あるいは長女)になってしまったら、これからの社会はどうなるのだろう。本当は兄弟は大勢いた方がいいのに。

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