老人とメディア雑考

(日本VR学会誌2014年9月)http://journal.vrsj.org/19-3/s33-34.pdf

老人にとってメディアとは
いまメディアは若い人たち中心に発展している。老人はメディアに弱いと言われている。本当にそうなのだろうか。メディアに対するリテラシーは、幼いときにどのようなメディアに接していたかによって決まる。もしかしたら近い将来、次のように言われる時代が来るかもしれない。
「ウチのおじいちゃんとおばあちゃんはしょうがないのよ。毎日部屋に籠って、ネットばかりやっているの。それもお年寄り向けだけに辛うじて生き残っているLINEとか言うメディアを使って。外に出て人に会って遊んだ方がずっと楽しいのに。でもあの世代は若い時にそうだったから仕方がないのね。可哀想な世代なのよね。」 Continue reading

足し算のメディアと引き算のメディア

(NHK技研R&D2013年1月)http://www.nhk.or.jp/strl/publica/rd/rd137/PDF/P02-03.pdf
 
 スーパーハイビジョンが現実のものとなってきた。思えば,戦後の日本でテレビジョンの実用化が進められたのが1950年代,ハイビジョン技術が発展したのが1980年代であったから,大ざっぱではあるけれども,30年ごとにテレビジョン技術は大きな変革を遂げてきたことになる。この先30年後には筆者はこの世にはいないだろうけれども,テレビジョンを中心とする映像技術は更に進化するのだろうか? Continue reading

化粧考

(日本VR学会誌2012年6月)http://journal.vrsj.org/17-2/s6-7.pdf 

 かなり前のことであるが、あるボディ・ペインティングの写真集に次のような一文を寄せたことがある。
 「神は芸術家である。蝶、孔雀、熱帯魚。いずれも動物の体をキャンバスとした見事な作品群である。ところが人に対しては、肌という未完のキャンバスのみを用意された。そして人は、そのキャンバスを自ら彩る特権が与えられた・・・・・」
いまでもまさにその通りだと思う。しかし改めて思う。人はなぜ自らを彩るのか? Continue reading

改めて人の繋がりと文化の大切さを思う

(鼎 第21号、2011年7月15日)

大震災の衝撃
 2011年3月11日、日本に大きな衝撃が走りました。それは地震という物理的な衝撃だけでなく、日本人である私たちの心を大きく揺さぶりました。私自身、3月11日の前と後では、世界がまったく違って見えるようになりました。大震災のあと数ヶ月の間は、頭の中が空白になって何も考えられませんでした。
 でもそれではいけない。今回の大震災の記憶と教訓を未来につなげるためには、一人一人がそれぞれの立場から、そこで何を感じたか、考えたかを語っていかなければいけない。
ようやくそう思えるようになったのは、つい最近になってからです。 Continue reading