人の距離 2011.06.19-06.25

人と人の関係は、つきつめていくと、相手との距離をどう設計するかかもしれない。近すぎてもいけないし、遠すぎてもいけない。時と場合に応じて、その距離を柔軟に変えていくことも、また大切である。

社会学では、人と人の距離をプロクセミックス(近接学)として次のように分類する。密接距離0-0.45m、個体距離0.45-1.2m、社会距離1.2-3.6m、公衆距離3.6m以上。確かにそうであるが、実際に相手をこれで分類することは難しい。現実ははるかに複雑である。

自分からみた相手との距離、相手からみた自分との距離。これが一致していれば問題ない。食い違っていると関係は複雑になる。距離がより近いと思っている側は、相手から嫌われたと思って落ち込む。逆に距離を遠くとりたいと思っている側は、近づこうとする相手を迷惑がる。

人は相手との距離を一定に保つように行動するらしい。こちらが近づこうとすると相手は逃げ、こちらが逃げると相手は近づいてくる。そのつもりで逃げたのに、相手が近づいてこなくてそのまま別れてしまったことも、僕の人生ではときどきあったけれども。

関係が近いほど、相手との適度な距離を保つことが大切になる。例えば、親子の関係。適度な距離をとらなければ子どもは育たない。一人前にはなれない。夫婦の関係。適度な距離がなければ、その関係は長続きしない。

相手と適度な距離を保ちながらつきあうためには、自分自身が一人の人間として自立していることが必要である。そうでないと、自らの寂しさを紛らわすため、相手を独占したくなる。相手との距離に一喜一憂するようになる。

人は相手を100%独占することはできない。たとえ恋人同士であってもそうである。100%の独占は相手の人格を認めていない。人にはそれぞれ他人には侵されたくない聖域がある。その聖域を尊重して相手との適度な距離を設計することが、人と人の関係の基本である。

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