安全と安心 2011.07.24-07.30

いま「安全・安心」が、社会の重要な課題となっている。一言で「安全・安心」と言うが、安全と安心は違う。安全は広い意味でシステムにおける客観的な問題、一方で安心は人の気持ちの問題で主観的である。この違いが、いま色々な形で問題を引き起こしている。

安心の前提に安全がある。しかし、安全であってもそれを信じなければ安心できない。信頼が安全と安心をつなぐ。いまそれが壊れている。先が見えない閉塞状態になっている。信頼の回復は、一歩ずつ時間をかけて、誠実に進めていく以外に王道はない。

安全論者は安全性だけを主張する。それを信じない人が増えている。一方で、危険論者は専ら危険性だけを警告する。それによりますます心配になる人が増える。安全論者が危険な部分についてもきちんと説明し、危険論者が安全な部分も含めてきちんと発言する。それがいま求められている。

現代人は、安全を前提に生きてきた。絶対安全を追求して、少しでも危険があると避けてきた。しかし安全に絶対はありえない。少しでも危険を減らす努力は大切だけれども、危険は常にある。これからはこの当たり前のことを前提として生きなければならない。

不安は危険に対する人の防御本能である。それが正しく働けば、危険を予め察知して防ぐことができる。しかし一方で、不安は強いストレスとなって自分自身を傷つける。周りの人をも傷つける。危険に対する抵抗力も下げる。

いま子どもを持つ母親は、不安で一杯かもしれない。でも親が不安な顔をしていると、子どもはその10倍あるいは100倍不安になる。それは子どもたちにストレスを与え、危険に対する抵抗力を低下させる。せめて、子どもたちの前では笑顔を見せてあげて欲しい。

不安は人の自然な気持ちであり、そこから危険への備えも生まれる。しかし過度に感情的になっては、そこから何も生まれない。不安がるとしたら、冷静に不安がろう。前向きに不安がろう。そして笑顔で不安がろう。

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