戦後 2012.08.12-08.18

今年もまた夏が来た。それは僕にとって特別な季節である。広島と長崎の原爆、そして終戦記念日。その一ヶ月後に僕は生まれた。昭和30年頃にもはや戦後ではないと言われた。でも僕にとっては、僕が生きてきた時代はずっと戦後であった気がする。

戦後すぐのキーワードは「平和」であった。大人たちは戦争に走った。これからを生きる子どもたちは、平和の担い手であると言われて育った。世界の子どもと手をつなぎながら、助け合って平和な時代をつくる。それが君たちの使命であると言われた。僕もそう信じて育った。

戦後の日本は、まずは隣の国の戦争で潤った。その後も安保に守られて復興した。平和を純粋に信じて育った世代はとまどった。60~70年代の学生運動は、自分たちの理想とは違う日本になっていくことへの、せめてもの異議申し立てだったのかもしれない。

戦後の日本のキーワードは「経済」になった。ひたすら経済の発展を目指してきた。高度経済成長によって日本は豊かになった。東京オリンピックとともに高速道路が日本橋を跨ぎ、新幹線も開通した。万博も開かれた。GNPも西独を抜いて世界第二位となった。

戦後の日本社会は大きく変わってしまった。働き手は都会にでて、人口は都市に集中した。一方で、地方は急速に過疎化して、老人だけになった。日本はもともと、赤子から老人まで、世代をこえて助け合う社会だったのに、それがばらばらになった。

戦後経済を担った企業は、家庭から父親を奪った。気楽な稼業といわれたサラリーマンは、24時間働くビジネスマンとなり、子育ては母親にまかされた。母親だけの子育ては女性の自立とともに難しくなり、結果として少子化になった。日本経済は次の経済の担い手を育てることに失敗してしまった。

戦後の急速な経済成長は、日本社会にさまざまなひずみをもたらした。欲しいものは金銭で手に入るようになった。一方で金銭では得られないものがある。戦後の日本人は、助け合って生きるという、大切な心をどこかに忘れてしまった。そろそろ、日本の戦後は終わっていい。