表現 2012.09.02-09-08

つくづく思うことがある。人は表現する動物ではないかと。僕がこれまでしてきたこと。すべてが表現だったような気がする。もちろん、このつぶやきも表現の一つである。なぜ人は表現するのだろうか。なぜ表現がそれほど重要なのだろうか。

表現はコミュニケーションである。人という動物は厳しい環境を生き残るために、互いに助け合うという戦略をとった。そのために意思疎通が必須となった。自分が感じていること、考えていることを相手に伝えることが必要になった。表現は、人が共同して生きていくために不可欠な行為となった。

表現は自分の内側にあるものを外へだす操作、つまり外化である。外化することによって、主体は客体となる。冷静に見つめることができる。操作することができる。それによって人は思考する。表現なくして思考はできない。考えることができない。

表現するために人は言葉を使うようになった。作家や文系研究者は文章で表現する。自然科学者はこれに加えて数式を使う。さらには、造形、音楽、身体も、それぞれが固有の表現となる。多様な表現を使いこなすことができれば、表現の可能性は無限に広がる。

表現は創造行為である。表現者という呼び方は、芸術家が好んで使ってきた。芸術は創造行為であり、自己表現でもあるからだ。僕は、芸術家に限らず、人はみな表現者であると思う。表現することによって創造する。人はそうして文化を生み出してきた。

表現するために、表現能力を高めることも重要だけれども、何よりも大切なことは、それぞれが表現の主体としての自己を確立することだ。それともう一つ、自分が表現者であるとの意識を持つことだ。これからの時代、一人一人が表現者となれば、社会は変わる。社会は面白くなる。

人が生きること、それ自体が表現なのかもしれない。僕の場合は、教育を通じて人を育てること、研究を通じて新たな知を生み出すこと、そして未来へ向けたさまざまな組織作り、そのすべてが僕なりのささやかな表現だった。生きることが表現ならば、それはこれからも続く。生きている限り続く。

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