起承・・ 2012.11.04-11.10

講演をするときに、それをどのような構成にするか迷う。基本は「起承転結」だと教わったことがある。「起」は問題提起で、「承」はそれを受けて次へつなぐ。「転」で新たな展開があり、「結」は全体をまとめる。でも後生大事に「起承転結」を守っていては、いい講演はできない。
 
小説では、読者の気を惹くため、起承転結の「転」への期待を高める。例えばサスペンスでは、最後にどんでん返しがある。読者もそれを期待してわくわくする。講演でこれができれば理想的であるが、僕の経験では、多くの場合肝心なときに聴衆は居眠りをしている。

起承転結の「承」と「転」を繰り返すと八ヶ岳型の講演となる。面白ければ、ジェットコースターのように、次から次へとスリルのある講演になる。つまらないと、そろそろ「結」かと期待するとまた別の話題になる、パーティの乾杯前の長ったらしいスピーチのようになる。

起承転結の「転」は、単に話題を変えることではない。安易に話題を変えると、一体何を言おうとしているのかわからなくなる。例えば、クライアントへのプレゼンでは「転」はやめたほうがいい。プレゼンを面白くしようとして変な小細工をすると、かえって逆効果になる。

相手へのメッセージが明確なときは、起承転結の順ではなくて、「結」を最初にした方がいい。まずは、主張したいことを最初にはっきり述べて、その理由を後からつける。特に時間が限られた講演では、「起」と「承」に時間がとられて、「転」と「結」がいい加減になってはつまらない。

感情に訴えるアジ演説的な講演では、起承転結の「結」はあえて省略することが多い。「転」で思い切り盛り上がりを図る。これでもかこれでもかと盛り上げる。極まったところで演説を突然終わりにする。そこで聴衆は興奮状態になる。「結」がないから、発言に責任を持たなくてもいい。

人生も一つの物語とみなせば、起承転結がある。僕の場合は、そろそろ「結」に入ろうとする年齢なのだろうか。でも、僕には「結」がありそうもない。「起承転転・・・」まだまだ「転」がある。そのような人生も面白い。

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