宇宙 2012.12.16-12.22

小学校6年生のとき、ソ連が初めての人工衛星(スプートニク)の打ち上げに成功した。あわててアメリカも打ち上げた。僕は卒業文集に書いたことを覚えている。これからは宇宙の時代だ。そうなれば地球で戦争することがばからしくなって、未来は平和になるだろうと。

1969年に人類は初の月面着陸に成功した。それは、たった直径が数十センチの人工衛星が1957年に初めて軌道に乗ってから、わずか12年後であった。その素晴らしい進歩に僕は信じた。21世紀には僕は月で生活しているであろうと。でもいま僕は相変わらず地球にいる。

SFはみな21世紀は宇宙の時代になると予想した。「2001年宇宙の旅」では、宇宙船ディスカバリー号で木星(原作では土星)への有人飛行を目指す。なぜ宇宙開発は失速したのか?それは東西冷戦が終結して、宇宙開発に軍事的意味がなくなったからだろう。でもそれだけでない気がする。

かつて近世の始まりの大航海時代には、ジパングがあった。黄金の国ジパングへ行けば一攫千金の夢があった。いま残念ながら宇宙にはそれはない。競って宇宙に進出する意味がそもそもないのだ。経済的にも、宇宙の資源開発はいつかは必要になるかもしれないけれども、いまのところ緊急性はない。

人は宇宙にとびだして本当に幸せになれるのであろうか。僕の知る限り、宇宙で幸せになったSFはほとんどない。機動戦士ガンダム、宇宙戦艦ヤマト・・・・。みな宇宙で戦争ばかりしている。そして、みな地球に戻りたがっている。宇宙にはユートピアはない。

近代という時代は、地球規模で大開発をおこない、その生態系を乱してしまった。文明論的に言えば、人類は新大陸への進出によって新たな文明を築いてきた。もし宇宙にとりあえずの新大陸がないとすれば、地球に新大陸を再構築する以外にない。その叡智がいま人類に問われている。

これからも宇宙開発は進むであろう。でも、宇宙はいつまでもロマンの対象であってほしい。征服の対象であってほしくない。小学校6年生の僕にとって「宇宙=平和の時代」を意味した。いま、これに加えて「宇宙=共生の時代」であってほしいと願っている。

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