林住期 2013.01.13-01.19

「林住期」という言葉がある。「りんじゅうき」と読む。臨終期ではない。古代インドでは、人の一生を四つに分けた。「学生期」、「家住期」、「林住期」、「遊行期」。この分類でいえば、僕はいま林住期にある。林住期の生き方、それはどのようなものなのだろう。

古代インドの一生の四分類のはじめは「学生期」である。「がくしょうき」と読む。これは文字通り学ぶ期間である。今であれば25歳くらいまでであろうか。そのあとに「家住期」がある。家庭を持ち社会で働く期間である。高齢社会にあって、これからは65歳くらいまでを家住期というのであろう。

家住期のあとに「林住期」がある。もともとは林のなかに住むことであるが、林である必要はない。俗世間を離れた生活、それが林住期である。そして「遊行期」、人生の終わりに子どもの気持ちに戻って遊ぶように(心の)旅をする。最後は赤子のようにおむつをつけて・・・。

林住期は、家住期のように社会的な責任を負わなくていい。生活のためだけにあくせく働く必要もない。誰にでもできることではないが、気持ちはそうありたい。名声・地位・名誉も、この年になると大切に思う人も多いけれども、基本的には関係ない。なにしろ俗世間から離れるのだから。

林住期には、こう生きねばならないというものはない。家住期をそのまま続けてもいい。隠遁してもいい。「ねばならない」という生き方から自由になること、それが林住期なのだろう。言い換えると、林住期になってはじめて、自由に生きる権利が与えられたのだ。

僕はいま高層マンションの一室に、一人で寝泊りをしている。いわば都会の高層ビルという林のなかに住んでいる。家族とはすこし離れているが、それは僕にとってはちょうどいい距離に思える。何よりも、そこには自分自身の時間がある。自分を見つめなおす時間がある。まさに林住期である。

五木寛之は、林住期こそ人生のクライマックスとする。学生期と家住期はそのための準備とする。その準備のもとにはじめて、人生でもっとも充実した林住期がくる。本当にその通りだ。僕の人生はこれからクライマックスが始まる。