寒い冬 2013.01.20-01.26

寒い日が続く。寒さが応える。ついこの間まで暑い夏だった。秋がほとんどなかったような気がする。よく言われるように地球がおかしくなっているのだろうか。それとも豊かな時代を生きた現代人の身体そのものがおかしくなっているのだろうか。

個人的なことになるけれども、昨年春に脳の血管に関連する病気をして、身体が気温の変化に敏感になった。特に寒暖の差が辛い。結果として、空間全体が一定温度のマンションの仕事部屋に寝泊りすることが多くなった。そのような逃亡者が何も言う資格はないけれども、それでも寒さは応える。

僕が育った戦後すぐは、日本はもっと寒かったような気がする。僕の手足はしもやけだらけだった。でも当時はそれが当たり前だった。みなそれを前提に生きていた。いま寒さが応えるのは、身体がぜいたくに慣れてしまっているからなのだろうか。

東京が寒いなどと言ったら、雪国の人に叱られてしまうだろう。冬の太平洋側で晴天が続くのは、大陸からの冬将軍が日本海側に雪を落としてくれるからなのだ。雪景色は都会人にとっては憩いにもなるが、雪国では厳しい現実である。

人はまことに勝手である。夏は暑さに不平を言い、冬は寒さに不平を言う。では、暑さ寒さがない気候が理想だろうか。科学技術が発展して自然も制御できるようになったら、それも夢ではないだろう。でも、もしそうなったら四季がない自然に対して、人はまた不平を言うだろう。

冬の寒さは、弱者にとっては特に厳しい現実となる。いま一人暮らしの高齢者が増えつつある。その人たちはこの冬をどう過ごしているのであろうか。きちんと暖かくしているだろうか。せめて人の温かさだけは感じていてほしい。いまはそれも難しくなっているのだろうか。

いまの地球の寒暖の差なんて、宇宙全体からみれば微々たるものである。ヒトの生存を可能にした環境はたまたまの偶然でしかない。その偶然の幸運に感謝して生きる。そのような気持ちでいれば、冬の寒さも、夏の暑さも、素直に受け入れることができるのかもしれない。

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