プロとアマの境界がなくなりつつあると言われる。いまプロの存在意義が問われている。一方で、プロの仕事を讃えるテレビ番組もある。プロとは何だろうか。プロには何が要求されているのだろうか。アマとはどこが違うのだろうか。
プロとは何か。研究に関して言えば、大学院の学生は少なくともプロだろう。たとえば夏目漱石研究は、卒論レベルは、夏目漱石の作品をすべて読んでいれば書けるかもしれない。でも修士論文や博士論文では、夏目漱石研究のすべてを調査することが要求される。それだけの違いがある。
プロとは何か。生計を立てられるかどうかが、プロとアマの違いかもしれない。アートの世界では、個人の展覧会で入場料をとれることがプロの条件だと聞いたことがある。そのような金銭でプロとアマを区別することには少し抵抗があるけれども、わかりやすい定義ではある。
プロとは何か。アマは自己満足でもいいかもしれないけれど、プロには責任をもつべき相手がある。相手との約束がある。プロは約束したら途中で止めることはできない。逃げられない。会社の新人社員教育では、まずこれが強調される。
プロとは何か。プロは自分の仕事の品質を保証する。保証するためにこだわりを持つ。そして批判に対して真摯に向き合う。言い訳はしない。アマはそうではないとは言わないけれど、少なくともプロはそうあってほしい。
プロとは何か。学問の世界では、ついこの間までは、その分野の専門的な知識を持っていることがプロだった。しかし、ネットワークは知識をプロの専有物でなくしてしまった。情報化時代のプロとは何か。少なくとも知識の所有ではない。そこからプロとして何を生み出すかが問われている。
プロとは何か。プロはアマから尊敬されなければならない。この程度のプロなら自分でもすぐになれると、アマに思わせてはならない。プロはやはり違うと唸らせる。一目置かれる。アマの目標になる。それがプロである。