自分の顔 2014.06.08-06.14

自分の顔は自分では見えない。それは神様からの贈り物だと、僕は思う。いつも鏡が追いかけてきて、あなたの現実の顔はこうだと見せつけられては、たまったものではない。見えないから、毎日を気持ちよく過ごせる。前向きに生きることができる。

自分の顔は自分では見えないから、きっと今いい顔をしていると勝手に思う権利が与えられている。その権利は行使しないと損だ。そう思っているといい顔になれる。逆に、いつも嫌いな自分の顔を想像していると、本当に嫌いな顔になってしまう。どうせならいい顔でいたい。

鏡に映っている自分の顔は、あくまで鏡を見ている顔でしかない。他人はそのようには自分を見ていない。鏡の顔は正面顏だけれども、見られている顔は横顔だ。鏡の中の顔は自分としか対話していない。顔は相手があって初めて顔になる。相手との関係で自分の顔が決まる。

かなり昔になるけれども、有名人と似ていることを競う「そっくりショー」というテレビ番組があった。そこで有名になって、似ていることをまさに芸にして、芸人になった人もいた。自分の顔は自分でしかないのに、なぜ有名人と似ていると嬉しいのだろう。

この世に自分と全く同じ顔の人がいると言われる。会ってみたい気もする。でも、その人がとんでもない悪人だったらどうしよう。交番の前にその顔が手配されていたら、街を歩けなくなる。自分の顔は手配写真として広く公知され、もはやそれは自分ではなくなる。

似顔絵で、自分の顔を描いてもらうとき、いつも緊張する。なにしろ自分の顔は、ふだんは直接見ていない。自分で見ている顔は、自分の心のなかの自己イメージである。似顔絵を通じて、相手は自分をこのように見ていたのかと気づく。それはそれまでとは違った自分の発見につながる。

自分の顔とは、それが嫌いであっても一生付き合わねばならない。だとすれば、好きになってしまおう。好きになって可愛がろう。自分の顔はペットのようなものだ。一人しかいない飼い主が嫌っていると、顔はひねくれていく。可愛がれば、顔はそれに応えてくれる。いい顔になっていく。

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