足るを知る 2014.09.07-09.13

老子の言葉に「足るを知る」がある。足るを知る者は富む、つまり満足することを知っている者は、物質的には貧しくとも精神的には豊かである。現代にあって、紀元前6世紀の老子の言葉がなぜか気になる。その意味を改めて考える。

いまの社会システムは「足るを知る」を許さない。消費者がみな足るを知って新たな消費を止めれば、資本主義経済は確実に破綻する。経済の立場からは、それは追放すべき危険思想になる。経済を担っている人に一度聞いてみたい。「足るを知る」は本当に危険思想なのですか。

足るを知ってしまったら経済は破綻する。一方で、足るを知らなければ地球が破綻する。この矛盾をどう解決するか。もし本当に矛盾するとしたら、経済を変えなければならない。足るを知っても大丈夫な経済にしなければならない。人の営みは色々な形態があるけれども、地球は一つなのだから。

「足るを知る」とは、規模の拡大をむやみに目指さないことだ。真の豊かさとは、どれだけ多くをもっているかではない。どれだけ多くを必要とせずに、満たされている気持ちになれるかだ。いまは規模を表す数値だけを信仰する社会となっている。足るを知らない社会は、常に競争に翻弄されている。

ある識者は、若者がみな足るを知ってしまったら日本はどうなると嘆く。足るを知れは強者が弱者を押さえるときに使う常套句だとする論客もいる。「足るを知る」は決して現状に甘んじることではない。現状に甘んじてしまっては、真の意味で「足るを知る」ことはできない。

人は欲望の動物だ。現状に満足せずに、さらにその先を求めることは、人の業かもしれない。「足るを知る」は、決して進歩を捨てて止まることではない。欲望を否定することではない。「足るを知る」とは、その欲望の質を変えることなのだ。

「足るを知る」は、その人が何によって満たされ、何を幸せと思うかと関係する。究極の「足るを知る」は、生きているだけで幸せと、心から思うこと。そのような境地になることかもしれない。そうなれば真の自由が得られる。煩悩を捨てて人生を力強く生きることもできる。

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