書体 2015.02.22-02.28

少し前になるけれども、ある会議で「書体」が話題になった。書体は字体を表現したものであるけれども、もともと書くことが中心であったから、書体と呼ばれる。ところが活字、そしてデジタルの時代になって、書くことが少なくなった。それにともなって書体も変わってきた。
 
活字では、書体は規格化される。活字印刷はグーテンベルクによって発明されたとされるけれども、活字は中国で生まれたらしい。でも、漢字はあまりにも数が多すぎた。アルファベットくらいの字数が活字にはちょうど良かった。書体を規格化した活字は、西洋の近代化に大きく貢献した。

書体は、身体運動である書くことを前提としているから、「とめ・はね・はらい」がある。小学校の漢字のテストでは、これが重視されて、木偏の縦棒はとめて、手偏の縦棒ははねないと間違いにされることもある。でも、これはデジタルで育った世代には理解できない。

書体は、デジタルの時代になって、書きやすさよりも画面での読みやすさが重視されるようになった。書体ではなく、むしろ読むための「読体」となった。画面の解像度が悪いときは、それにあわせた書体がデザインされた。文字の美しさよりも、その時々の技術で書体が決まるようになった。

筆記体という書体がある。漢字の筆記体は縦書きを前提としている。特に草書体は横書きできない。そもそも草書体で手書きされた文字は、読める人がほとんどいなくなった。横書きの時代になって、デジタルの時代になって、筆記体は過去の遺物になりつつある。

文字を書くことが表現活動だとすれば、どのような書体を使うかも当然その表現に含まれる。せっかく情報技術が進歩したのだから、規格化された書体ではなくて、それぞれが自分だけの書体をデザインできるようにしてほしい。そしてそれが文字化けせずに問題なく使えるようになればと思う。

書体は文化だ。中国には数限りない書体がある。あまり意識されていないけれども明朝体は、文字通り明の時代に印刷用書体として成立したものだ。いまデジタルになって、書体が大きく変容している。そのような時代になっても、書体が文化であることは忘れないようにしたい。

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