不老不死 2015.07.12-07.18

まだ小学校に入る前、人は必ず死ぬことを知ったとき、僕は夜眠れなくなった。眠ったらそのまま目を覚まさずに死んでしまうのではないか、それを怖れた。僕が老人になるまでに不老不死の薬が開発されてほしい。子ども心にそれを期待していた。

史記によると、すべての権力を手に入れた秦の始皇帝は、最後に死を恐れて不老不死の妙薬「天台烏薬」の入手を部下に命ずる。部下はその命に背くと殺される。窮地に陥った部下は水銀の丸薬を作り、不老不死の薬と称して献上した。始皇帝はそれを飲んで死んだとされる。

竹取物語にも不老不死の薬が登場する。かぐや姫は月に帰るときに、お世話になったお礼に、帝に不死の薬を献上した。帝はひどく悲しんでそれを飲むことなく、もっとも天に近い駿河の山で燃やした。不死がいまの富士の語源であるかは定かではない。

ある広い年齢層を対象とした講演会で、質問をしたことがある。医学の進歩で寿命が200歳以上に延びたら、それを望みますか。回答は二つに分かれた。若い世代は望んだけれども、老人世代は否定的だった。それは僕には興味深かった。実は僕自身がそう思っているからだ。

人の最大寿命は120歳、それは遺伝子に書き込まれているらしい。医学の目標は、その最大寿命まで元気に過ごすことだと聞いたことがある。でも、そこまで元気でいたら、社会は人をぎりぎりまで働かせる。老後を楽しめなくなる。老いがあるからこそ人生に意味があるのに、それがなくなる。

不老不死の時代になったら、人口は無限に増え続ける。それを避けるには、新たな生命の誕生を拒否する以外にない。不老不死を望むということは、自分だけが生き残ることを考えることだ。それで人類は大丈夫なのか。それとも、そうなることが人類の宿命なのだろうか。

不老不死を手に入れた生命体がある。ガン細胞だ。それ自体は不老不死だから、無限に増殖を続ける。そして、自らが寄生している人体を滅ぼすことによって死ぬ。地球に巣食っている人類は、いまガン細胞になろうとしているのではないだろうか。それが気になる。

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