戦後美女スター 2015.12.28-2016.01.02

原節子が亡くなった。映画の世界もこれで戦後が終わったのかもしれない。主演映画をいま改めて見ると、戦後の古き良き時代を想い出す。それは小津監督の演出とともに、原節子の魅力と演技力によるところが大きい。そこには忘れてはいけない懐かしい未来がある。

小さいとき、近くに映画の小さな撮影所があった。忍び込んで撮影現場を盗み見すると、遠くからでもスターははっきりとわかった。そこだけ光り輝いていた。山本富士子、若尾文子、岸恵子、その頃の映画スターは、みな人並みはずれて美しかった。まぶしかった。

小学校のとき、日活アクション映画の広告を見るたびに心が躍った。それは石原裕次郎でなく、相手役の女優がみなセクシーだったからだ。北原三枝、浅丘ルリ子、松原智恵子、そう言えば筑波久子という肉体派の女優もいた。その後アメリカで活躍したと聞く。もともと才能があったのだ。

僕と同年代の女優に吉永小百合がいる。中学・高校時代、僕も含めて同級生はみな吉永小百合ファンだった。写真を見るだけでどきどきした。それはいまも変わらない。むしろその生き方は、僕らの世代の胸を打つ。戦後を生きた人間として、忘れてはいけないことを訴え続けている。

山口百恵は、スタ誕でアイドルとしてデビューした後、宇崎竜童・阿木燿子と出会って見事に変身を遂げた。引き際も鮮やかだった。1980年は歴史に残る年となった。ポスト百恵を目指して、松田聖子、松本伊代、堀ちえみ、小泉今日子、三田寛子、石川秀美、早見優、中森明菜らが競い合った。

1980年代後半になると美少女回帰が起こった。後藤久美子をイメージキャラクタとして始まった国民的美少女コンテストは、藤谷美紀、細川直美、小田茜、佐藤藍子、米倉涼子、上戸彩、武井咲などのスターを生んだ。CMで注目されて3Mと呼ばれた牧瀬里穂、観月ありさ、宮沢りえも活躍した。

かつては女優は男優の相手役となることが多かった。吉永小百合や山口百恵のような大スターも、それぞれ浜田光夫、三浦友和の相手役だった。それがトレンディドラマの頃から逆転し、いまや芸能界では女性が優位にたっている。それは時代の反映でもあるのだろう。

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