のり 2016.01.24-01.30

いま僕が大切にしていることの一つに「のり」がある。もちろん海苔でも、糊でも、矩でもない。行き過ぎると悪乗りになる。その「のり」だ。悪乗りにならない範囲で、積極的にのること、それを僕は人生訓にしている。「のり」がなければ人生は面白くない。

「のり」は、僕の中では慎重の反対語だけれども、辞書で慎重の反対語を調べたら、軽率とあった。社会では「のり=軽率」というイメージがあるのかもしれない。そうだろうか。慎重になることは必要かもしれないけれども、それだけでは前へ進めない。「のり」がなければ未来はない。

「のり」は、あることを面白いと思ったときに、その自分の心に素直に従うことだ。利害得失を考えたら、のることはできない。面白いと思ったら、まずはそれを最優先にする。それが「のり」なのだ。その「のり」によって新たな自分を発見する。自分自身が面白くなる。

「のり」には、心の余裕が大切だ。遊びの心がないと、のることができない。忙しくしていて、効率的に生きることだけを考えていると、のることができない。バブル崩壊以降、いまの日本はその余裕がなくなっているのではと気になる。「のり」を忘れたら、これからも空白の時代は続く。

「のり」には、決断がいる。それはチャレンジだからだ。迷ったら変化する方を選ぶ。それが「のり」だ。もちろん失敗がある。慎重な人はそれを恐れて、のることをためらう。失敗は必ずあるのだから、失敗をも楽しむ気にならなければのることはできない。

「のり」は、追い風を感知する能力だ。そしてその追い風にのる能力だ。「のり」の悪い人は、せっかくの追い風を逃してしまう。追い風は自分一人でなく、みなでのれば楽しい。「のり」を共有できる相手と出会うと嬉しくなる。心が通じ合った気がする。

僕は定年になってから「のり」がよくなった気がする。人生も残り少なくなって、面白いことに、すぐのらなければもったいない。そう思うようになったからかもしれない。慎重になって楽しいことを後回しにしたら、それこそ死んだ後で後悔する。あのとき、のっておいたらよかったと。

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