紅梅キャラメル 2016.10.30-11.05

僕の少年時代の思い出に紅梅キャラメルがある。関東のある特定の地域で、特定の期間だけ爆発的な人気となった。キャラメルはいい加減だったけれども、おまけの巨人軍の選手のカードが魅力だった。「野球は巨人、キャラメルは紅梅」がキャッチコピーだった。

記憶があいまいだけれども、紅梅キャラメルでホームランをあてるとキャラメルを5個もらえた。また監督を含めて投手、捕手、内野手、外野手の10名のカードを集めると、素晴らしい景品がもらえた。町には景品の引換所があった。バットやグローブ、野球帽、そしてカメラがあった。

紅梅キャラメルの頃の巨人軍は第一期黄金時代であった。一塁手として川上哲治、二塁手として千葉茂、遊撃手として平井三郎、遅れて広岡達朗がいた。三塁手は記憶にない。幻の三塁手として星一徹がいたというのは架空の話だ。長嶋茂雄が入団する前のことである。

紅梅キャラメルによって、その頃の巨人軍の選手はいまでも覚えている。水原茂監督のもと、内野手の川上哲治、千葉茂、平井三郎、広岡達朗のほかに、外野手として青田昇、与那嶺要、南村侑広、投手として別所毅彦、中尾碩志、大友工、捕手として広田順、藤尾茂がいた。みな名選手だった。

僕も含めて当時の子どもたちは、紅梅キャラメルの箱の梅マークの印刷ズレにこだわっていた。それが当たり(例えば水原監督のカード入り)の印だと信じ切っていた。駄菓子屋で一つ一つの箱を、時間をかけてチェックした。駄菓子屋のおばさんもそれを許してくれた。そのような時代だった。

「三丁目の夕日」には野球キャラメルとして紅梅キャラメルが登場する。主人公の少年が頑張ってカードを貯めて顕微鏡を応募するが、会社は倒産している。それを知った倒産会社の社長がポケットマネーで顕微鏡を購入して送る。西岸良平が僕と同じ世代であったことが、そこからわかる。

ネットで調べてみると紅梅キャラメルが売り出されたのは昭和20年代の後半、わずか5~6年のことである。それも関東あるいはそれ以北のごく一部の地域だけだった。そのわずかの期間の記憶がいま鮮明に残っている。それは僕にとって古き良き時代った。