会議 2016.11.06-11.12

会議をしながら、会議のそこでの内容とは無関係に考えた。会議は何のためにあるのだろう。なぜ会議が多いのだろう。いまなぜ自分はここにいるのだろう。そもそも会議はどのような意味があるのだろう。

ほとんどの会議は、審議して議決するためにある。その結論があらかじめ用意されていることも多い。その意味では会議は儀式なのだ。しかし、儀式をおろそかにしてはならない。儀式がしっかりしていないと、後でトラブルになる。それを僕は何度も経験してきた。

会議で大切なことがある。それは会議に欠席したときは、そこでの議決に素直に従うことだ。後からそれに反対しないことだ。欠席者が後で異議を申し立てたら、会議そのものの意味がなくなってしまう。これは、その会議で自分が中心だと思っている人が、まずは守らなければいけない規則である。

会議は非効率だと言われることもあるけれど、本来は会議を開くことは効率的なのだ。もし事務局がそれぞれの委員に個別に会って意見をまとめようとしたら大変な作業になる。一堂に会した方が、はるかに効率がいい。会議の後に二次会もできる。本当に重要なことをそこで議論できる。

この歳になると、会議の司会をすることが多くなる。そこでまずは大切なことは会議が終了する時間を守ることだ。それを前提として、会議は楽しいものであって欲しいと思う。どうせならつまらない会議よりも楽しい会議がいい。その方が、いいアイデアもでる。委員の間の交流も深まる。

ある会議で、パソコンに向かっている人が大部分であることに気づいた。真面目に会議の資料を見ているのではない。ほとんどが内職だ。溜まっているメールの処理、締め切りに追われている原稿の執筆。けしからんという人もいるけれども、それはそれで貴重な時間なのだ。

会議で必ず居眠りをする人がいる。実は僕がそうだった。気が緩んでいる証拠だといつも反省していたら、睡眠時無呼吸症であることがわかった。それ以来、それを口実にして堂々と居眠りをするようになった。ただし周りの迷惑にならないように、いびきだけは気をつけながら。

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