ヒーロー 2017.02.05-02.11

歴史には数々のヒーロー(英雄)が登場する。テレビの歴史番組は、ほとんどがヒーロー物語だ。ヒーローはどのようにして歴史に登場するのだろうか。なぜ人々はヒーローをもてはやすのだろうか。そしてそれはどのような歴史を生んだのだろうか。

ヒーローには二通りある。一つは将来なりたい自分として、子どもたちが憧れるヒーロー。たとえば野球では長島、そしてイチローがヒーローだった。そしていま一つが、独裁者としてのヒーローだ。これは気をつけた方がいい。そのようなヒーローが現れたときに時代はおかしくなるからだ。

西洋の近代史において華々しく登場したヒーローは、ナポレオンとヒトラーかもしれない。ナポレオンはフランス革命後の混乱を背景として登場した。ヒトラーは、第一次大戦の賠償で苦しめられ、世界恐慌でどん底になった当時のドイツにとっては救世主であった。いずれ熱狂的に国民に迎え入れられた。

谷村新司の「英雄」に「寂しさを捨て切れたなら英雄になる」という歌詞がある。逆に寂しさを捨て切れなかった独裁者は、恐怖の地獄に落ちる。そして粛清に走る。スターリンの大粛清による死亡者は700万人に達するとする説もある。ヒトラーのユダヤ人虐殺も恐怖の結果だったのかもしれない。

社会が閉塞すると、不満のはけ口として人々はヒーローを待ち望むようになる。その不満を巧みな弁舌で受け止めた政治家がヒーローになる。その常套手段は、民衆の不満を外に向かわせてナショナリズムを高揚することだ。戦争はいつもそのようにして起きた。

独裁者としてのヒーローは名誉を欲しがる。ナポレオンも皇帝になった。ベートーベンの交響曲第3番「英雄」は、ナポレオンを讃える曲として作曲された。しかしナポレオンが皇帝に即位すると「奴も俗物に過ぎなかったか」と激怒したとする逸話は有名である。

歴史は繰り返す。もし社会がヒーローを待ち望むようになったら、その社会は危機的状況にあると思った方がいい。ヒーローが登場すると人々は思考停止状態になる。ヒーローは独裁者となり、戦争に走る。そうならないように、どうすればいいのか。それがいま問われている。

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