宝くじ 2017.07.02-07.08

当たらないことの代名詞に宝くじがある。年末ジャンボ宝くじは5億枚売り出されて、一等7億円はたった25枚。当たる確率は2000万分の1だ。雷に当たって死ぬ確率とほぼ同じで、交通事故で死ぬ確率よりもはるかに低いと言われている。

ほとんど当たらないとわかっていても、ほんのちょっぴりの幸せを夢見る。投資という観点からはまったく意味がないにもかかわらず、毎年年末に宝くじを買う人たちが僕は好きだ。経済的合理性だけで行動して、夢をみなくなったら人間としてつまらなくなる。

どんなに幸運な人が宝くじに当たるのだろう。そう思っていたら、もしかしたら自分は、宝くじに当たるよりも、はるかに確率が低い幸運に恵まれているのではないかと気づいた。これは本当に感謝すべきことなのだ。この幸運を無駄にしてはもったいない。

この地球に人類は存在している確率は宝くじよりもはるかに低い。もし地球磁場が生まれなかったら、生物は浅瀬に出られなかった。もし地球の周りにオゾン層ができなかったら、地上に進出できなかった。もし6500万年前に地球に巨大隕石が衝突しなかったら、いまでも地球は恐竜の天下だ。

自分がこの世に生を受ける確率も宝くじよりもはるかに低い。そもそも父親と母親が出会わなかったら僕はいない。無数の精子の中から、たまたまある特定の精子が卵子に到達したから、いま僕がいる。その可能性は限りなくゼロに近い。確率ゼロの幸運にまずは感謝しよう。

この世に生を受けてからも、さまざまな偶然があった。その偶然が重なって、いまの自分がある。そしていま、かけがえのない多くの人たちに支えられて生きている。そのような大切な人との出会いも、ほとんど偶然だ。まさに僕は、確率ゼロの宝くじに当たったのだ。

宝くじに当たって人生を狂わせてしまう人がいる。もったいない。そもそも自分の人生そのものが宝くじに当たったようなものだ。それに加えてたまたまわずか数億円の宝くじが当たっても、それまでの幸運に比べたら微々たるものだ。それによって大切なものを失ってしまったら、元も子もない。

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