OHP 2017.09.03-09.09

いま理系の研究者にとって、パワーポイントは必須のプレゼンツールだ。でも僕は長いことOHPが好きだった。若い人は知らないかもしれない。OHPはオーバーヘッドプロジェクタの略、透明のシートに書かれた文字や図表を、光学的にスクリーンに投影する装置だ。

パワーポイントのウィンドウズ版は1990年にリリースされた。僕が講演で使うようになったのは90年代後半で、新しいものにすぐ飛びつく僕としてはかなり遅い。それはそのころ愛用していたOHPに比べて、パワーポイントには大いに不満があったからだ。

僕のOHPを使った講演は、ほとんどが手書きだった。いわば自分だけの書体で講演できた。パワーポイントでは手書きができない。まずはそれが不満だった。出来合いのテンプレート、出来合いのフォントでは自分らしさを出せない。それは自分の講演ではない。変なこだわりを持っていた。

OHPは、パワーポイントに比べてアナログなところがよかった。OHPシートの手書き文字がそのままスクリーンに投影される。その場で書き込むこともできる。OHPシートの汚れ、たとえば汚れた手で触ってついた僕の指紋も投影される。その生(なま)の感覚がよかった。

OHPで講演するときは、スクリーンの前にあるOHP機器を自分で操作する。聴衆がスクリーンを見るときは、その手前に講演者がいる。スクリーンと同じ方向だから、聴衆の視線を感じながら講演できる。パワーポイントではそうはいかない。聴衆は講演者を見ていない。いつもあらぬ方向を見ている。

OHPではさまざまな演出ができる。信号処理の講義で、2枚の細かい縞模様パターンを重ねたら、見事にモアレが投影された。不透明の紙をシートの上に重ねて少しずつずらせば、次は何がでてくるのだろうと期待を持たせながら講演できる。それをすべてマニュアルでできるところが素晴らしい。

21世紀になって、次第にOHPの講演がやりにくくなった。あるときOHPの使用が可能であることを確認して会場に赴いたら、用意されていたのは書画カメラだった。それも会場の隅においてあった。担当者はOHPと書画カメラの違いを理解していなかった。惨めな講演になった。時代が変わった。