年々是好歳 2017.09.10-09.16 

「日々是好日」という言い方がある。毎日毎日が素晴らしいという意味だ。「年々是好年」と言ういい方もあるらしい。その通りだ。毎日毎日も大切だけれども、この歳になると、あっという間に過ぎ去っていく毎年毎年も大切にしたい。むしろ「年々是好歳」と呼ぶべきかもしれない。

僕はそれぞれの年代でいまが人生の旬だと思って生きてきた。それぞれの年代で、その年代でしかできないことがあった。古希を数年前に過ぎたいまもそうだ。「年々是好歳」。いまが一番楽しい。いましかできない、そういう年齢になったことが嬉しい。

今日は僕の72回目の誕生日だ。今年が干支だから、もう十二支を6回くりかえしたことになる。僕は終戦の年に生まれた。まだ母親の胎内にいるときに戦災で焼け出された。生まれてからも病気がちであった。でも何とかこの歳まで生き延びた。ありがとう。

古代インドの年齢区分で言えば、僕はいま林住期にいる。おかげで家住期のときに背負っていた責任はほとんどなくなった。自分のことだけを考えていい。五木寛之は林住期こそが人生の旬であると書いている。生きていることが許されれば直に遊行期に入るだろう。いい歳になった。

アンチエイジングという言い方がある。僕はどちらかというとビューティフル、あるいはサクセスフルエイジングの方が好きだ。アンチには人生の旬は過ぎ去ったというイメージがある。むしろ今が一番美しい。春がくればずっときれいになる。死ぬ直前までそのような気持ちでいたい。

実はこのツイッターは、7年前に法律上の高齢者になったときに実質的に始めた。それ以来、毎週1つテーマを決めて、そのテーマに関連して毎日1回だけつぶやいてきた。テーマの数は365を超えた。よくも続いたと自分でも思うけれども、これもこの歳だからこそできるのかもしれない。

年々是好歳、感謝の気持ちがなければ、このように思うことはできない。まずは生を授かったことに感謝。毎日毎日、毎年毎年を生かされていることに感謝。この歳まで何とか生き延びたことに感謝。そしていまこの歳でなければ得られない大切な時間を与えられていることに感謝。