研究者人生 2017.09.17-09.23

僕の研究者人生の始まりは大学の卒業研究だった。研究室に配属されたのが1967年の秋、ちょうど50年前になる。その頃のことをついこの間のように思い出す。世界でまだ誰もしたことのない研究に挑戦する。そのワクワク感、ドキドキ感。それがその後の僕の人生を決めた。

この夏に、ちょっとした縁があって、学会の研究会で大学院修士時代の研究を報告する機会が与えられた。修士のときに提案した通信方式に僕の名前がついて、いま注目されているらしい。それも嬉しかったが、本当に久しぶりに純粋に技術の講演ができたことがもっと嬉しかった。

僕は8年半前に定年になって、その後3つの私立大学で客員教授をしてきた。それぞれ数理、文学、芸術関連の学部あるいは研究科だったから、僕の本当の専門を誤解している人もいるかもしれない。僕のルーツは情報理論という、ほとんど数学に近いバリバリの理系だ。理論の美しさに取り憑かれた。

理系の分野にも、理学を中心とする探求型の学術領域と、工学のような創造型の学術領域がある。僕は工学部に属していたから、探求よりも創造に興味があった。その意味では芸術に近い。ただし作品の創造ではない。むしろ新しい学術領域の創造に興味を持った。

いま新たな学術領域は、極度に専門化した領域の境界から生まれることが多い。僕の関心もそうだった。たとえば顔学、それは当たり前のようにさまざまな分野の専門家が共創する学際科学になっている。情報をキーワードにして、文系と理系、芸術系が共創する教育研究組織の創設に関わることもできた。

僕の専門は理系だけれども、研究者人生において文系、芸術系にも関わる機会を与えられた。日本を代表するトップクラスの方とも親しくなれた。それぞれ業績はもちろんだけれども、人格も素晴らしい。さまざまな刺激をいただいた。それは一人の人間として本当に嬉しいことだ。感謝すべきことだ。

50年前に感じたワクワク感、ドキドキ感。それが初心だとすれば、これからも忘れないようにしたい。おそらくそれは新たな分野への挑戦によって生まれるのだろう。50年前がそうだった。それをこれからも続けたい。研究者人生を細々とでも続けることが許される限り。