せいなる顔 2018.02.04-02.10

美術はそれぞれの時代を反映している。そこで表象された顔も然り。そして言うまでもなく、顔は人間存在そのものである。美術はまさにそのような顔を表現してきた。ごく最近、それを勝手な語呂合わせで「せいなる顔」としてまとめて講演する機会があった。

「聖なる顔」 中世の西洋の宗教画では、キリストや聖人の顔は聖なるものとして描かれた。その顔の多くは正面を向いている。日本の仏画も如来は正面を向いている。しかも左右対称だ。祈りをささげる神仏は、きちんとこちらを見ている。だから正面になる。

「生なる顔」 ルネッサンスは人間復興、絵画でも生き生きとした顔が描かれるようになった。その代表がレオナルド・ダ・ヴィンチだ。人体解剖にも精通していたレオナルドは、まさに生きている顔を描いた。その後のバロックの時代のオランダ絵画では、躍動感あふれる顔が描かれ、表情も豊かになる。

「姓なる顔」 個性豊かな顔が描かれるようになったのも、中世の終わりからだ。姓名がわかる個人の肖像画が描かれた。ルネッサンス期にはパトロン、バロック期には国王や王女を始めとする宮廷の人々が描かれた。例えばベラスケスが描く歴代の皇帝の顔は、その病気までわかるほどリアルだ。

「性なる顔」 西洋絵画ではヴィーナスを描いている限りヌード画が許された。顔を見ると、それが次第にエロチックになっていくことがわかる。ボッティチェリのヴィーナスはまだ素朴さが残るけれども、次第に男を誘惑する目つきになり、19世紀のマネに至っては、娼婦の顔になった。

「精なる顔」19世紀から20世紀にかけて登場した象徴主義、シュルレアリスムでは、不安な時代を反映して、人間存在の本質として顔が表現されるようになった。そこでは均整のとれた美しい顔はほとんど描かれていない。崩れた顔ばかりが描かれるようになった。文字通り顔が壊れていった。

そして「逝なる顔」 肖像画は死後に描かれることが多い。特に日本の肖像画は、古くはごく一部の例外(鎌倉時代の似絵)を除いてほとんど死後に描かれた。生きているときの顔は呪詛の対象になるからだ。死ねばそれは「聖なる顔」となる。たとえそれが生前は好色な「性なる顔」であったとしても。