僕が属していた大学の教授会室には、歴代の名誉教授の肖像写真が並んでいる。数十年も前のことであるが、そこであることを発見した。向かって左向きの肖像写真が圧倒的に多い。なぜだろう。僕にとって教授会の議題よりもその方が面白かった。
肖像写真や肖像画でよく言われることがある。西洋では横顔が多いのに、日本は正面が多い。これは顔の骨格の違いで説明される。西洋人の顔は立体的で、横から見てもきちんと顔が見える。これに対して日本人の顔は平面的だから、横から見ると目や口はほとんど見えない。日本人には横顔がない。
西洋絵画で一般人の肖像画が本格的に登場するのはルネッサンス初期である。そこでは横顔が多かった。正面顏はキリストや聖人を描くときの顔の向きで、一般人は畏れ多かったからだ。しかし完全な横顔では顔の表現に限界がある。次第にモナ・リザのように斜め正面を向くようになった。
斜め正面顔は四分の三正面顔とも言われる。それは向かって左側を向いていることが多い。光も左から当たっている。左からの光に顔が向かっていると、陰影が顔の右側にできる。右利きの画家は、顔の右側の方が陰影をつけやすい。それで肖像画の顔の向きが決まっているとする説がある。
左から光が当たっている肖像画が多いのは、一つには宗教画では天国が左側に描かれていたからだ。例えばルネッサンスの受胎告知の絵画では、天使はマリアの左にいる。その天から授かる光に向かっていると希望に満ちた顔になる。肖像画もそのような効果を狙って左向きに描かれているのだろうか。
肖像画における顔の向きと光の向きは、印象派以前と以後では異なるという興味深い研究もある。印象派以前では、顔は向かって左側を向き、光も同じく左側からが大部分であるが、印象派以後は、この傾向が曖昧になる。人の様々な側面を、文字通り顔の向きと光の向きで表現したからであろう。
顔の向きは肖像画では左向きが多いが、自画像は必ずしもそうでない。例えば数多くの自画像を描いたレンブラントは、57点中左向きが9点、右向き48点だ。鏡を見ながら描いているからだとする説もあるけれども、自分の顔は左からの光を避けて、哲学的に描きたかったのかもしれない。