引目鉤鼻 2018.04.22-04.28 

平安時代や鎌倉時代のやまと絵では、美人の顔は引目鉤鼻(ひきめかぎばな)に描かれている。源氏物語絵巻がまさにそうだ。ときどき質問を受ける。その時代は本当にそのような顔が美人だったのですか。なぜ引目鉤鼻なのですか。

引目鉤鼻の「引目(ひきめ)」とは、一本の細い線で描いた目をいう。当然ながら二重でなく一重だ。そのような目は、寒冷な環境に適応した北方アジア人の特徴である。弥生・古墳時代に朝鮮半島をわたってきて、日本の支配階級になった。高貴な女性は引目だった。引目は浮世絵にも引き継がれている。

引目鉤鼻の「鉤鼻(かぎばな)」とは、鉤状にちいさく「く」の字形に描いた鼻を言う。小鼻もなければ、鼻の穴も描かれていない。なぜそのように小さく描いたのであろうか。もともと日本人の顔は西洋人に比べて鼻が小さい。寒冷地に適応した平面的な顔で、顔の凹凸がほとんどない。

引目鉤鼻とくれば「おちょぼ口」とくる。確かに源氏物語絵巻などでは、口は小さく描かれている。あれでは何も食べられないので本当にそんなに小さかったはずはない。おそらくは、おちょぼ口はつつましさの象徴だったのだろう。新人の舞妓さんは下唇に小さくしか紅を引かない。

引目鉤鼻の顔は、「下膨れ」に描かれている。当時はそれが美人だったのだろうか。その時代は痩せている顔は飢えている顔、死の直前の顔として忌み嫌われていた。楊貴妃が肥満体で、それ以降の中国では豊満な体形が好まれたことも関係しているのかもしれない。

引目鉤鼻の顔は、ほとんど一本の線で描かれている。人の顔をぎりぎりまで単純化した表現で、幼児でも描けそうだ。一方で抽象化されていることが高貴さの象徴だとする説もある。源氏物語の記述も、美人の顔は花に喩えた比喩的な表現が多い。抽象化されている顔は想像心をかきたてる。

引目鉤鼻の顔はみな同じに見えるけれども、よくよく見ると細い線を引き重ねることによって微妙な心理が表現されている。さらには背景に描かれているもの、衣装の色や形、互いの位置関係などによって、登場する人物がきちんと区別されている。引目鉤鼻は、顔だけ見てもわからない。