僕のもともとの専門は情報理論だった。そこでは情報は、予測できないことを新たに知ったときに得られるものであった。僕の研究もそれを出発点としていた。一方で、その頃から疑問に思っていた。それが本当に情報なのか。人はそのような情報行動をしているのだろうか。
情報とは何か。情報理論では、一度知ったことは忘れない。忘れないから新たにつけ加えられた情報だけに意味があるとする。機械ならそうかもしれないけれども、人はそんなことはない。情報を忘れる生き物である。忘れることを前提とした情報行動、それはどのような形になるのであろうか。
情報とは何か。人は忘れる存在だから、情報を再確認することを繰り返している。すでに記憶している情報もつねに反芻する。新たに得られた情報も、まずは記憶している情報と照合する。そしてそれらの情報を関連づける。さらには意味づけをして、記憶している情報を再構築する。それを再び記憶する。
情報とは何か。人は自ら有している情報の再確認をおこなう存在である。この再確認は他者との間でも繰り返される。互いの情報を確認しあうことにより、それぞれの情報を再構築する。そして情報を共有する。さらにはその再確認作業を通じて新たな知を共創する。
情報とは何か。いまネットも含めて環境には情報らしきものが溢れているが、情報は意味づけすることによって初めて価値あるものとなる。人は環境をそのまま客観空間として把握していない。それぞれが勝手に意味づけした主観空間が環境なのだ。これが循環するので、ときとしてそれは偏ったものになる。
情報とは何か。情報理論は、シャノンの一方向の情報伝達モデルに基づいている。それに対して僕は情報の本質は伝達ではなくて循環であると思うようになった。30代の前半にこの観点から、情報の階層型多重ループモデルを提案したけれども、残念ながら定性的であったので論文にならなかった。
情報とは何か。個人的には、情報の本質が循環であるとする立場から、研究の対象が広がった。循環する情報の潤滑剤としての感性情報の研究、これは顔学につながった。さらには情報が循環する場の研究、これは光線空間の研究を通じてバーチャルリアリティに関心を持つきっかけとなった。