下り坂 2020.05.24-05.30

僕は東京で生まれて育った。東京には坂が多い。同じ坂が登り坂にもなるし下り坂にもなる。どちらがいいか。僕は下り坂が好きだ。たとえば自転車では下り坂が最高だ。老人も下り坂の方が助かる。いつまでも下ってほしいと思う。もちろんそれには終わりがあるけれども。

考えてみれば若いときはひたすら登ることを目指していた。上り坂があると、とりあえずその頂上を極めることが目標となった。ただそこに山があるから登った。登った先に何があるのかを知らずに。登ったら何ができるのか、登った先で何をしたいのかもわからずに。

下り坂はなぜ楽しいか。文字通り楽だということもあるが、それ以上に前にさまざまな景色が広がることが楽しい。登り坂ではそのようなことはない。見えるのはいま登ろうとしている坂道だけだ。これに対して下り坂は、目の前の視界が広がる。東京にも空があることがわかる。

下り坂ではブレーキは踏まない方がいい。一方でそのまま流れに身をまかせると大変なことになる。それこそ奈落の底に突き落とされる。少しずつ少しずつペースを下げる。その加減が難しい。それができたときに、下り坂の本当の醍醐味を味わうことができる。

下り坂を楽しむためには、まずは登らなくてはならない。それは決して生易しいことではない。切磋琢磨してひたすら登り続ける。下り坂は、いわばそのご褒美だ。人生の下り坂を悲しむ人もいるけれども、ご褒美だと考えれば楽しい。いまが人生で一番いい時期だと思えてくる。

人生も下り坂になると、さまざまな友だちができる。上り坂では競争があるが、下り坂ではそれがない。勝ち負けも気にならない。病気という若いときは絶対に避けたかった友だちもできる。勝つことができないその友達とも、仲良くつきあっていく。それが下り坂の人生だ。

下り坂を下り切った先はどうなるのだろうか。たとえその先が地獄でないとしても、おそらくそこで七転八倒することだろう。怖ろしい未来だけれども、それも避けられぬ運命だと思って、下り坂に身をまかせる。むしろ楽しむ。それが生きるということだと、自分に言い聞かせる。