ボケ 2011.12.11-12.17

この歳になると、そろそろボケが気になる。すでに始まっていて、自分だけが気づいていないのかもしれない。本格的にボケる前に、いまのうちに「ボケ」についてつぶやいておこう。真面目につぶやけば少しはボケを防止できるかもしれない。

「呆け」と「惚け」は違う。呆けは、認知能力が低下することだ。認知症は、かつて痴呆症と呼ばれていた。これに対して、惚けは恍惚、桃源郷に入ることだ。呆けはできれば避けたいけれども、惚けはそれなりに悪くない。

とぼけるという意味での「ぼけ」もある。周りがカリカリしてうるさくなったら、ぼけるに限る。それは老人だけに許された特権である。それによって老人は、心の安寧を保つことができる。

漫才では、ツッコミに対してボケがいる。ボケは人を和ませる。ユーモアがある。何事にも動じない姿にスケールを感じさせる。世の中、ボケが多くなったら、平和になるのかもしれない。

老人になると頑固になる人と、好々爺になる人がいる。どちらも老人ボケである。どちらかを選択しなければならないのだとしたら、僕は迷うことなく好々爺を選びたい。いまさら頑固に自分を主張する必要はない。いつもにこにこ笑っていた方が人生は楽しい。

大学教授も長老になると、二つのタイプに分かれる。一つは、何事もその長老の了解をとらないと、無視されたと烈火のごとく怒り出すタイプ。いま一つは、これからは若い人の時代だからと、何でもまかせるタイプ。前者は若いときに我慢してきた人、後者は好き放題やってきた人に多い。

ボケは、老人にとって避けられないものだとしたら、むしろそれとうまく付き合っていく術を身につけたい。ボケによって、世話になっている周りの方に負担をかけることは、できればしたくない。せめて人生の最期は、美しくボケて終わりたい。

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